月夜見 “雛のころを過ぎれば”

         *「残夏のころ」その後 編


先のお話でも、
スーパーだのコンビニだのの店頭は、
案外と季節感が判る場所という扱いをしましたが。
自然の代表でもある野菜青物の旬が曖昧になりつつある中、
それでも行事を通じての季節感くらいは、
大事にしたいなぁとされ続けているものだから。

 「つか、何でもいいから商品を売り出す理由にしたいからじゃね?」
 「それ言ったら終しまいじゃん。」

桃の節句も終わって、
次のディスプレイは恒例の“アレ”なのもそろそろ見慣れた。
商品補充のバイトくんたちが、
特設ブースまで台車を押して行きつつ、そういう会話を交わしており。

 「聖バレンタインデーん時より小さいよな、」
 「まあな、やっぱまだ知名度が低いっつーか。」
 「というか、近場では買えないだろよ。」
 「そっか、本命へのだったらもっとグレードの高いにするよな。」
 「そうでないならないで、
  近所の知り合いに逢っちゃったら何言われっかとか考えね?」

こういうことへは男って繊細だもんよ、なんて。
微妙に感慨深げな同意を示し合い、
声高な会話の割に、
ロマンチストなあたりへ帰着しているやりとりを耳にし、

 「………。」

う〜むむ、なんて真顔になっている子が約一名。

 “…こういうの、既視感っていうのかねぇ。”

先月も同じようなシチュエーションに来合わせた事があったよなと。
かわいい甥っ子の、
まだまだ細っこくて作業着が余りまくっている背中を見やって。
何とも言いがたい苦笑を見せた、赤毛の店長さんだったのだけれども。

 「♪♪♪〜♪」
 「…………お?」

後ろ姿だけで勝手に勘違いさせられたということか。
唐突に くるりっと振り返ったルフィのお顔は、
予想に反して…随分と楽しそうな笑顔だったものだから。

 「お? どしたんだ、シャンクス。」
 「ああ、いや…。」

むしろこちらが気遣われていては世話はないと思ったほどに、
そりゃあ晴れ晴れとした笑顔だったものだから、

 “???”

こりゃあ何だか様子が違うぞと、
鳩が豆鉄砲を食らったような、
お顔になってしまった叔父上だったそうだけれど…。




      ◇◇◇



相変わらず、
花見どきを思わせるほどのいい陽気になったかと思えば、
そんなに甘くはないよんと、
防寒の支度が手放せぬほどの、底冷えが戻って来たりもしており。
特に関東方面では、
温暖なはずの平野部でも、
いまだに時折 雪だのあられだのが舞うほどと。
性の悪い小悪魔の気まぐれのように、
寒暖がそれは目まぐるしくも乱高下するものだから。

 「お前さんには珍しくも、用意がいいと思ったが、
  それは姉さんが持たせたのだな。」

手土産にと提げて来たのは、
風呂敷で上手に包んだ吟醸酒の一升びんだったが。
それとは別の防寒対策、
随分と嵩のあるマフラーを顎が埋まるほどのぐるぐる巻きにして来たの、
ジャンパーと一緒くたにして、
暑い暑いとさっさと外してしまったのを差し、
そんな風に言い当てた和菓子屋のご隠居だったのへ、

 「ええ、まあ……。」

そのお姉さんから託されたお使い、
父上が知り合いから、いいお酒を何本かいただいたのでと、
おすそ分けにお持ちした、ロロノアさんチの長男坊。
長年打ち込んでいる武道のお陰様、
体つきもしっかりしていて、筋骨隆々。
ぶっきらぼうだし、眼光の鋭い恐持てな面差しをしてもおり、
慣れない人だとまずは近寄りたがらぬ種の男子だが、
そんな風貌と裏腹、実は結構礼儀正しいし、
売られた喧嘩への応対以外、特に威嚇的な言動をするわけでもない。
さすがに…指先延ばして畳に“の”の字を書いたりはしないけれど。
手入れの行き届いた庭へと向いた、数寄屋作りの広間に通され、
緊張のあまり畏まってる訳でもないままに、
それでも、目上の人が相手とあっての礼儀、
背条延ばして四角く正座しているのみならず、
この年頃、この見栄えの青年にしては、
なかなかに丁寧な口調での応対をしていたりと。
そもそも 素性をよくよく知っておいでのこちらの老爺でなくとも、
“おやおや?”と、微笑ましいものを感じてしまおう好印象だったりし。

 「? どうかしたか? 年寄りの相手は話題がなくて難儀かな?」

 「いや、そういうんじゃ。」

ないですよと、語尾がもそもそ立ち消えてしまうのも、
この彼にはちと珍しいこと。
何にか逡巡でもしているものか、
堅そうな膝の上、
骨張って もはや大人のそれと変わらぬ大きさ頼もしさに縁取られた手を、
握ったり開いたりと忙しなく動かしているところなぞ、

 “まだまだ青いのぉ。”

日頃からも何やら楽しげに微笑っておいでの、余裕の表情でいるレイリー老。
今日はそれ以上に楽しいと、
むしろ押さえるのに苦労するほどの心情でおいで。
それでも一見しただけでは違いなぞ判らぬほど、
何食わぬ様を保てるところが年の功であり。
それらしい暖房は入れず、手あぶりに火鉢だけを置いた居室、
明け方こそ冷えたものの、
今は畳を光らせる久々の日和がほかほかする中で。
ずんと年の差のある二人、
ふと言葉が途切れたそのまんま、お互い黙りこくっていたものが、

 「あの…だな。」

何と告げればいいのやら、と。
遠慮というより、むしろ言いようを選んでの逡巡に、
気をとられているらしい青年の、ともすりゃ初々しい牛歩っぷりに、
片やの聞き手は、依然としてニヤニヤ笑っておいでなばかり。
微笑ましいねぇという、
見守りの構えでいるから…というのも勿論あるのだが、
強引にか、それとも寛容からか、
こっちが上手く先導してやってもいいことと、
微妙に気がついちゃあいるけれど、

 “それではタメにならんしのぉ。”

微笑っておいででは説得力がありませんが、老師。(笑)

 「おっさ…レイリーさんは、
  和菓子の老舗のご隠居で、甘いものにも詳しいと思って。」

 「うむ。」

 「最近お店のほうじゃあ、
  外国の年中行事にも合わせた商品も扱ってるって言うし。」

 「まあ、そっちは儂の采配でやっとることじゃあないのだがな。」

 「そ、そうなのか?」

ちみちみと小出しにされる文言へのこの対応。
そうは見えぬかもしれないが、
あわわと焦ったりする青さといい、
日頃は滅多に見られぬだろう様子まで引き出せており。
糸を引く加減が微妙な“ワカサギ釣り”じゃあるまいに、
どう見たって、面白がって本人の口から言わせたがってるだけとしか。(苦笑)
羞恥プレイでしょうか、レイリーさん。(こらこら)

 「あのえっと、それでその…。////////」

恐持ての親戚へも、
幼い内から不貞々々しくも胸張って対面できてたと聞く豪傑が、
叱られるわけでもなけりゃあ、
無理難題を押し付けられた訳でもないのに、
この、困り切っていること示す判りやすい態度なことよ。
とはいえ、
らしくないのは本人が一番ご承知か、

 「二月に甘いものをもらったんでお返しがしたいんだ。」

えいっと、思い切って一気に並べた言いようがこれであり、

 「聞いちゃいないが、その菓子ってこっちの店の限定品だったし。」

だったら、幾らくらい したもんかとか、
同じくらいのもんって何か、判るかなと、と。
そっちの言いようは尻すぼみになっており、

 「そうかそうか、
  そういえば三月にお返しをせねばならんのだったよな。」

 「う、うう、……うん。//////////」

お返しだったかな、そういうんじゃなかったような気もしたけどと、
そこに引っ掛かったか、
しきりと言葉に詰まっておいでの刈り上げ坊主を前にして、

 「これまでにも貰った覚えはあっただろうに。」
 「いやあのっ。」

そっちの噂は、されど確かめてまではおらなんだ。
お返しなんてのがセットになってたという流れも、
知ってたかどうか、この態度だと怪しいもので。


  ―― なのに、今年はこだわっているのはどうしてか。


  「そうかそうか、
   お返しをせねば気が済まぬ相手から貰ろうたか。」

  「う…。///////」

  「大事にしたい子か?
   異性へも関心が起きるのはいいことだぞ?」

  「いやあの、女の子ってんじゃあ…。/////」

  「おやおや、そうか。
   気立てのいい子ならそれもあろうさ、今時は。」

  「ううう……。//////」


和菓子屋のご隠居、ついでに剣の達人でもあらせられ、
こちらの剣道青年にしてみれば、
時々道場でひょいとひねられて来た猛者のお一人。
なので…相談しやすいと思ったほど、
単純な思考をしているワケでもなかろうに。
揶揄される恐れより優先したかったのは、
贈り物への誠実を込めたかったから…かも知れぬと。
もしかせずとも、ご本人以上にそこまで読んでしまえる老師としては。
微笑ましく思う一方、
もう一つほど、お腹の中にて押さえ込んでいる微笑みの種があったりしで。


  “襖の向こうで、一体どんなお顔でいるものか…。”


たまたまのこと、
重たいものは配達してくれるスーパーの軽トラックに便乗し、
こちらへ遊びに来ていた誰かさん。
ホワイトデーに向けての新作和菓子、
マシュマロをくるんだ ぎゅうひ餅の味見に来ていた腕白くんが、
世話役の来客を告げるお声に“それじゃあ”と立ちかかったの、
まあまあまあまあと わざとらしくも引き留められておいでであり。

 『そりゃあもう、耳まで真っ赤にしていて可愛らしかったわよvv』

写メに撮ってレイさんにも見せてあげたかったほどと、
世話役の彼女が朗らかに笑いつつ知らせてくれた、
何とも初々しい二人のことを、
こちら様でも見守る所存でおいでのようで。


  ―― 早く春めいての
     暖かくなるといいんですのにねvv






   〜Fine〜  2011.03.09.


  *ヒナにもまれな美貌という言い回しを、
   結構長いこと“お雛様にもないほどの別嬪さん”だと、
   思い込んでおりました。
   正しくは、
   鄙びた土地にはまず居ないという
   あか抜けた美人のことで、
   そういう意味の“鄙”だったんですね。

   それはともかく。

   聖バレンタインデーのアンサー篇でございますvv
   こっちのレイリーさんは、和菓子屋のご隠居、
   子ゾロルヒのレイリーさんは、
   水屋箪笥や小物入れを作る指物師です。
   ややこしいですがどうかご容赦。
   若い衆の恋模様にホクホクと笑っておいでの好々爺で、
   そこは一緒だからややこしいのかもですね。
(笑)

ご感想はこちらvv めーるふぉーむvv

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